上福岡なかの小児科

コラム

「今井 薫先生の死を悼む」


今井先生と最後に電話で話したのは今年の6月、元気な声をしていた。
今井先生と最後に会ったのは今年の4月、伊勢崎佐波医師会病院(医師会病院)小児神経外来だった、いつもと変わらず懐かしげに話しかけてくれた。
今年の7月、今井先生の訃報を聞くことになろうとは・・・
先生とは東京女子医大に昭和59年入局の同期であった。彼は新卒で、私は秋田大から神経助手。同期入局には新卒の星、小林(旧姓:望月)、山岡(旧姓:伊芸)、松崎、楠本先生がいて、神経助手入局の林先生がいた。入局から三十余年、大学や医師会病院で一緒に仕事をした。お互い若い頃は職場の仲間達と夜明け近くまで飲み明かしたこと数知れず。
今井先生には、深く感謝している。私が医師会病院をやめて開業した後、機能不全になっていた医師会病院小児科に先生が赴任して立て直してくれた。先生の働きでどれほど伊勢崎の子供達が助けられたことか。
先生の生活を多く知るわけでもなく、先生の性格を奥深く知るわけでもないが、私は先生の診療に人間的優しさを感じていた。先生は小児科医として或いは小児科医を超えて多くの患者さんに慕われていたことと思う。
先生のご冥福をお祈りします。
合掌

令和元年 夏
なかの小児科クリニック
院長 中野和俊


2019年09月02日(月)

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