☆秋田大学小児科同窓会誌に載りました☆


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秋田大学小児科同窓会誌 平成29年号に載りました。

近況報告
医療法人社団 仁悠会 なかの小児科クリニック 中野 和俊

秋田大学小児科同窓会の皆様
 6期生の中野和俊と言います。私は秋田を離れて30年余りがすぎましたが近況報告のご依頼がありましたのでご報告します。
私は昭和56年に秋田大医学部小児科に入局し、東京女子医大小児科への国内留学の期間も含め5年間 秋田大学医学部小児科に在籍し、秋田大学小児科同窓の先生方にはお世話になりました。同期入局者には 渡辺 新、小松和夫、藤井 裕、小野崎通彦各先生がいました。私は学生の頃、社会衛生部に所属し、太平療育園などでのボランティア活動をしていたことから、社会に出てからも障害児医療に関わりたいと言う思いがあり、福山幸夫教授が主催した小児神経のメッカであった東京女子医大に2年間神経助手として国内留学しました。その頃 小泉ひろみ先生(市立秋田総合病院)と一緒に仕事し、のちに秋田で一緒に働いた時期がありました。国内留学から秋田に帰ってきてからは 赤グループ(神経・代謝グループ)に属し 髙田五郎前教授のご指導で高橋 勉現教授、沢石由紀夫、小林康子、後藤敦子、石田、庄司、野口各先生と一緒に仕事をしていました。神経の患者さんをたくさん診させてもらい、確か、秋田で初めてMELASの患者を見つけたり、実験したり、と楽しい日々でした。当時は、世界を相手にしたいという大志はあったものの現実には日々の採血と点滴が入る、入らないで気持ちがhighになったりblueになったりしました。でもあの時鍛えられたおかげで採血点滴にはいまだに自信を持っています。
 その後 また東京女子医大小児科に戻って小児神経の研鑽を重ね、その間あちこちの病院に出張し、2009年に埼玉県ふじみ野市に小児科を開業しました。30年ほど前、秋田から波乱万丈の人生に船出する思いで旅立ちました。実際、東京に出てから群馬県伊勢崎市や福島県郡山市に赴任したり、アメリカ合衆国サンデイエゴに留学したり、引っ越しを20回行い波乱万丈の大冒険でした。大冒険の果てに埼玉県に開業することになり、開業から8年が経ち落ち着くところに落ち着いた感じです。
 秋田の医局に在籍したのはわずか5年間でしたが、その後の私の医者人生に大きく影響を与えたことがいくつかありました。その一つは“What’s new?”「何が新しいか」という視点を持つこと。在局中に繰り返し言われたことですが、私の患者さんを診る上で 思考の基本になった。「何が新しいか」は、日常診察するにあたり、既知と未知を明確に意識することであり、「新しいこと」がどのレベルで新しいかを意識化する つまり、自分にとって新しいか、世界で新しいかを意識することです。例えば、抗痙攣剤の新薬を使う時、自分にとって未知と意識して慎重になるし、希少疾患のミトコンドリア病に使うとき、これは日本で初めてなのか、世界で初めてなのかを意識します。
 もう一つは、秋田で髙田五郎前教授のご指導で高乳酸血症に興味を持ったことです。人生は不思議です。ちょっとした偶然がその後の人生に大きく関わってくることはよくあります。その意味で、人との出会いに限らず、色々な事象での偶然の出会いを大切にしたいと思っています。髙田五郎前教授との出会いからミトコンドリアに興味を持ち、東京女子医大に行ってからも多くのミトコンドリア病患者さんに出会い、ミトコンドリア病の研究でカリフォルニア大学サンデイエゴ校に2年間留学しました。留学から帰ってきてからは女子医大小児科の中でミトコンドリアグループを作り、患者さんを集め、科研費やその他の研究費を集めて、臨床研究、基礎的研究を進めてきました。2008年に日本ミトコンドリア学会学術集会を主催しました。ミトコンドリア研究の途中で、核がなくても増殖する「ミトコンドリア細胞(MitoCell)」を作り出したのですが、それも全くの偶然からでした。サイブリッド細胞の培養をしていたのですが 当時、医局長で忙しくて培地の交換が遅くなり、細胞を見に行った時には細胞は浮き上がり変色していた。本来なら細胞は死んでいると諦めるところでしたが、その「サイブリッド細胞」はρゼロ細胞(細胞内のミトコンドリアのない細胞)とHeLa細胞とを融合した貴重な細胞であったためなんとか生かしたいと思い培養を続けた。死にかかった細胞は結局サイブリッド細胞には戻らなかったが、細胞の形状を保ち続け変化したのが「ミトコンドリア細胞(MitoCell)」でした。ミトコンドリア細胞に興味のある方は下記をご参照ください。 
中野和俊、大澤真木子.ミトコンドリアと細胞死.医学のあゆみ

 ミトコンドリア病の患者さんとの関わりは深く、その中には残念ながら看取った方も数多くいました。しかし、患者さん一人一人の治療経過や患者さんと御家族との関わりのおかげで多くを学び医者として成長させてもらったと感じています。開業時、ミトコンドリア病の患者さんを診るためにひょんなことから小児在宅医療を始めたのをきっかけに、開業医としての在宅医療の道を切り開いて様々な患者さんに巡り会えたのも僕の医者の人生では良かったと思っています。
 人生100歳時代を迎え、60歳を超えたこれからもいろいろなことに興味を持ち人生を深めたいと思っています。3年前から太極拳を習い始めました。教えてくださる方が84歳でありながら、63歳の自分以上に生き生き若々しい仙人のような師匠です。自分もいつかは師匠のようになりたいと日々練習しています。太極拳は奥が深くて何年やっても完成ということはありません。そういう点では医者の道に似ているのかもしれません。太極拳は日常ではやらない動きをするので脳を相当刺激活性化する一方、その動きはゆっくりであり体への負担がないので何歳になってもできます。太極拳は健康寿命を延ばしてくれます。特に、小児科医は仕事柄 attention spanが短くADHD的になりやすい(と僕は、自分自身と周りの人を見て感じていますが)。太極拳でゆっくりとした動きと呼吸を行い、ゆったりと体の中を気が流れるのは小児科医にとって必要なことかもしれません。
 開業から8年経ち、現在のクリニックは手狭になったので近くにクリニックを新築し2018年1月に移転する予定です。新クリニックにはささやかですが細胞培養実験室を作りミトコンドリア細胞の研究を続けるつもりです。
 これまでの人生も波乱万丈の大冒険でしたが、これからも臨床に、基礎研究に、太極拳にゆっくりとマイペースで冒険を挑んでいきたいと思っています。
最後に、秋田大学小児科同窓の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。